2015年8月5日水曜日

もう一回、今はすっかり廃れてしまった氷見の奇祭「ブリスマス」について考えてみよう。

よくよく考えてみれば、マルクス兄弟の本を持っていたら、共産主義者呼ばわりされたなんて、悪い冗談だと思ってたんですが、どうやらそれが冗談じゃなくなりそうなご時世って理解でいいんだと、そう悟りました。
ってことで、一国一文化主義者がのしてきて、かしこくもとうとくて目が潰れるかとも思える様な、輝かしい日本のルーツをフィクションにして遊ぶな!とか言われる前に、書けそうなことだけつらつらと書いておこうと思う。

阿努の庄へのユダヤの移入

氷見界隈は古来、阿努の庄と呼ばれていた。
アヌといえばバビロニア界隈の神であり、アヌンナキの父である。古代の氷見界隈にメソポタミアからの入植があったことは、想像に難くない。
ただし、メソポタミアからの勢力は、徐々にユダヤの勢力に入れ替わっていく。
現在の氷見市中村は、阿努の庄の中心として、中村という地名になっていたわけだが、阿努の庄が春日大社の支配下に入った折に、祭神は春日さんに刷新されている。春日大社はその筋ではユダヤとのつながりが指摘されている。

ユダヤという点では、氷見には磯辺という地名もあり、磯辺神社が鎮座している。イソはイセの訛りで、こちらもユダヤ。そして石動山だが、セキドウサンと読む分にはなんてことないがこれは、イスルギと読む。ここには、イスルギヒコという神様が居たということだが、イスとくればやはり、ユダヤとの関係を見ておくのが定石と言える。
また、氷見の市街地では、京都の八坂神社を勧進し、京都同様に祇園祭りも行われているため、ここまででユダヤ系の文脈の移入は揺るぎないものとなっている。

氷見にほど近い宝達志水町にはモーゼの墓もあり、富山県の呉羽山では、世界の聖人が修行したとも言われている。

ぶっちゃけ、イスルギヒコ=天狗=イエスキリスト

あれ、ここまで書いたら後は、前にTumblrに書いた氷見のブリスマスについての引用で事足りますね。

氷見市民の男子は、16歳の冬に専用の定置網に船を横付けして、海中から直接ブリを抱き取って船に戻るという通過儀礼を行う。
昭和40年代頃までは浜から沖で撒き餌をしている船に泳いで向かい、船の付近に居るブリを捕獲していた。
網からブリを取るのは、どうしてもブリを捕獲できなかった場合に限られており、「アミ」と呼ばれ揶揄の対象となった。
山間部の村でも特定の網元に依頼して海で通過儀礼を行うのが一般的で、特別な事情があって村の溜め池で鯉で実行したものの、結局は次の年に改めて海でやり直したという江戸後期、明治期の記録が幾つか残っている。

後ろの方のパラグラフのみ引用。
結構廃れ気味というか、もうほぼやってないんですけど、富山県氷見市の男子の通過儀礼「鰤澄す・ブリスマス」なんかは、たぐっていくとマジでキリスト教起源というか、十字架になる前のキリスト教のシンボルって、魚のマークだったわけで、一緒なもんが使われてるんですけど、でもあんまり誰もその辺に突っ込まないまま下火ですよ。
ただポーンとそこにあって、クリスマスの時期にやるのに、誰も意味なんか考えないですよ。
氷見市界隈、獅子舞の時は「エイヤサー」って「弥栄」なんですけど、ブリスマスのときは飛び込む若者を鼓舞したりなんだりの掛け声「ヤーハエーハエー」ですよ。「弥栄〜栄え〜栄え〜」からの変化なんだろうなと漠然と受け止めてましたけど、ストレートに「ヤハウェ」ですよね。アイタタごめんなさいもいいところでした。

どうすかこれ。氷見市の皆さんは前向きに、この古代から続く通過儀礼、『ブリスマス』を復活させたらいいと思うよ。