2015年6月29日月曜日

レインボーやらなにやら、何も無い日にもネタはあるもので……。

昨日よりも更に薄い一日。
午前中はネパール地震チャリティーコンサートの絡みで娘を連れて高岡のおとぎの森へ。
帰宅して、ずっとカートゥーンネットワークで『アドベンチャー・タイム』。面白いものはしょうがない。

米国の同性婚合法化の記念でSNSのアイコンに虹装飾を加えるというお祝いで、案の定カミングアウト云々という反応が散見される。
どうでもいいことだが、こういうのが別の例でいけば、あいつはアカだとか、世の中が戦争しかないという雰囲気に突入した途端に「そういえばおまえは戦争反対だったよね?」と言われて警察に引っ張られるってのの原因になるやつか。そうだな。
何かに対して共感、興味を示しているだけで当事者ということになる図式。
特に何も考えていないからこそ発生する、長いものにまかれて定式化される短絡の回路が、なんだかんだで多数派の印象という圧倒的な圧力を作るわけだから、そう思えば、世の中が変わることはなかなか難しい。
そんな意味では、現実に追いつかないと言われがちな法律が、この現実をカバーすべきとロジックを示したわけで、お祝いも必然かとは思うのだけれど、そういう感覚もなかなか共有されないわけで、各々自分のことで忙しいから社会問題には当事者にならないと構えないという、かつて聞いた分析に、確かにそのとおりだとしか言えないことを再認識させられた。

大阪に帰った中村からのメッセージで、昔、カレーフェスタでスタッフに悪態ついてカレーぶちまけたんで抗議に行った店のオッサンと衝突したことを知る。またなにがあったやらと思ったら、予想以上のくだらなさ。
富山県の自慢がしたかった様だが、全く逆効果で目も当てられない。
抗議の折には、有名ブランドを路面店で扱う厳しさについてや、早くに父親を亡くしたことについての泣き言を口にしかけて耳を貸さなかったものだが、接客とはなにかについて、改めて考え、いや、考えなくてもいいか。特殊な事例でした。
某有名ブランドも、なかなか個性の強いところに品を卸しているもので、ピリッととんがった地方戦略ですよね。