2015年7月2日木曜日

教室ビジネスの暗部というか、なんだろ。決してプロ論ではない。

来週10日、11日と公演の近い血パンダの稽古上がりで全く着地点なく、あまりに散漫だったたので一旦寝てまとめなおす。

二日ほど連続して「自分が正しい」という主張と対面する。どうにかして自分のロジックを挟むのではなく、なんでそれが正しくないと判断されたのかを考えれば、普通にできることはありそうなものだが、「正しくない」状態では地に足がつかず、そんな状態では何もできない気がするということなんだろうか。本当はその辺が知りたくはあるが、これはやむを得ない。誰が話しても同じ言葉やテンプレートに則った思考はゴミ箱に。

丸パクで独自流派宣言って、武道だと消されるレベル?

夕方、ブログの添削やら何やらの指導をしているパステルアートの先生から連絡。
協会規定のカリキュラムを半分しかクリアしていない生徒から、Facebookで親子パステルアート教室のイベントへの招待が来たとのこと。
協会資格は国家資格というわけではなし、命に関わったり免許がないから罰されるという類のものではないが、その、もう私にもできそうだからやってみようという感覚の正体はなんだろうかと、なかなか重いテーマをいただく。

俺にしても、ブログ添削やらWeb利用法の指導も特に何かの資格を背景にやっているわけではない。
ただ、伝えなければならない価値や、自分のやりたいことをどうやって相手に伝えるかと考えた時に、しっかりとした蓄積がWeb上にあれば、ひっかかってしまった人がむさぼり読むしかないもの、文字通りの網を用意する精度の向上を基本に指導をしている。
情報の整理や作っていく過程で、他人の切り分けというのはかなり必要で、ビジネス必勝本の次のレベルの地味な現場作業だ。真面目な網目づくりには、ビジネス本のテンプレートに収まらない部分も多く、常に進行形の作業になるので、できない思考回路の人には全く向いていない場合もある。
と、ここまで書いたら、わかる人にはそういう着眼点でやるのか、パクっておれもやろう。という風になるかもしれないけれど、そこで違うのは、訓練と周辺知識と場数の差という職人的な技の部分になる。

さて、パステルアートに話しを戻すと、件のまだ訓練途中の生徒の方がやっているのは、一人でお手本を見て描くというカリキュラムのもの。
親子パステルアート教室というのは、俺がブログの添削指導している先生が、自分で模索して始めていることで、実際には描いたり教えたりの過程の中で行き着いたものだ。
訓練も場数も足りないのに、何故、自分にも教室ができると思ってしまったのかといえば、やったことないけど、なんだか出来そうな気がしたから。というところに尽きるだろう。辛うじて上面はなぞれるし、親子パステル教室で、どの様なことが試みられているのかは、俺が指導しているWeb上の記事を読めば、方向性や輪郭は掴める筈。
しかし残念ながら、せめて安定した技術か、ある程度の経験が無ければ、上面から読み取れる親子への効果も、実際にはあまり発揮できず、ただ描いてみたで終わり、他人の好奇心を消費して換金するだけのものに終わるだろう。
パステルアートへの適切なイントロダクションにすらならない可能性が高い。

まとめると、Facebookのイベントで招待かける時に、ライターにブログ教室とか、必勝本的なテンプレートなぞるセミナー受けたけど、なんだかしっくり来ない人たちの面倒を見ている人間に必勝セミナーとかの招待するのは気をつけなきゃいかんってことなんだけど、それはつまり、ブローカーとしてもイントロデュースする人としても質が低いので、結果的に、君がひっぱってくるセミナー屋さんの評価にも関わるから気をつけたまえということでもある。
今回は、本人がやらかしたので、彼女が習い事をするために近寄る先生方にも注意喚起か?
これ、蛇足なうえにミスリード誘うな。いいか。そのつもりで足しました。

血パンダ

血パンダの土曜日の前座をやってもらう璃璃さんが稽古の見学にきてくれる。
声が良かったので、とにかくお願いしてしまったものだが、団員からは「オッサン、そういう女子の騙し方はどうよ」というありがたい反応をいただく。
歌声を披露してもらい、一同納得がいった様子ではあるものの、「うわ、好きそうな声この野郎」と、概ね「いいの拾ったので褒めて褒めて!」とアピールする犬の気分は満喫できた。
璃璃さん、ストレートに半泣きな、いい声がぶつかってきて非常にいいものです。富山駅付近や環水公園界隈で歌っているらしいので見かけたら、ぜひ足を止めて耳を傾けていただきたい。
音楽良かったけど、オマケの演劇が……。という評判を阻止せざるをえなくなり、これまでにない危機感を抱いた血パンダ公演『Ostinato』は10日、11日、高岡大和前の特設劇場で実行!
「いい歳して、これをやるんかよ」という、ひょっとしたら演劇やってた人誰しもが、一瞬挑戦しかけて、あんまりいいもんじゃないかも……。って理由でやめたことを、そのままワーイとやり切ってしまいました。
「仲君、俺も同じこと考えた、でも、これはやっちゃダメだよ」と言いに来るチャンス!
ああ、普段なら戯曲公開するけと、『Ostinato』は無理なんで、公演に来なかったらなんにもわからないです。