2015年7月1日水曜日

Facebookで狭まる田舎の社会

地元氷見を拠点に食育ボランティアをしている母のグループはどうも災難続きで、恒例となっていた市内の幼稚園、保育園の年長さんに対する魚さばき体験は市からの予算が削られて、全員に実施していたものが、半分の人数にしか実施できなくなったりしています。
なんやかんやでそれでもマメに活動はしているんですけど、昨日、夕食の折にプリプリ怒りながらなにを言いだすかと思えば、来月計画していた食育イベントで、氷見市の施設を借りることにして申し込みをしていたものが、その場所で詳細未定の大学生のイベントをやることになり、予定通り施設が借りれなくなったらしいんですわ。

既に孫を持つ歳のオバさまがたの活動ですよ。特段法人化しようってもんでも、ガンガンあちこちから活動資金を捻出してこようってものでもないので、こういう動きひとつひとつが、なかなかの運営努力の末に成立しているんだということはさておき、夕飯食いながらぶつくさ言う母親の姿がなんともいえなかったので、Facebookにそのことを書いたんですわ。
書き込みしてからプライバシー設定がなんかの弾みで「公開」のままになっていたものを、デフォルトにしている「友達」に戻すか考えたんですが、「またハゲが、わけのわからない文句言ってる」程度の影響しかないだろうってことで、放置しておりました。

結果的には42人が「いいね!」して、その日のうちにコメントも付いたんですが、今日の夕方に母から、「あんた昨日私がブツブツ言うてたこと、Facebookに書いたんけ。誰見とるかわからんから消しといて」と言われたわけですよ。
すげぇぞソーシャルネットワーク!
母はパソコン使えませんし、携帯もガラケーです。で、俺の友人で母と直接つながりのある様な人間が、母に何か言うタイミングは無いし、あったら俺にも言うと思うので、「いいね!」をした人の向こう側に居る人から、オフラインで母に書き込みのことが伝わったことになるわけですよ。

【俺】→【友人】→【友人の友人】→(オフライン)【母】

ということですね。Facebook凄いやないか。
俄然、やる気が出るというかですね、やればできるということを実感したわけですが、問題はそこじゃないんすよ。
当然、アホな話しを聞けばアホだなぁと言うのをやめる気はないんですけど、どっちかといえばそもそも、このエントリーの力点は後半約140文字。引用するならこちらですよ。

トトボチを利用したトト夏カレーというのを見る度に、憤慨しながら飯を食う母を思い出す可能性を孕む、プルースト感の強いエピソードをわざわざありがとうございます。おお、母が孕むとしたら、生まれるのは弟か妹かどちらだ。
そんなこんなで、夕飯が何処に入ったやらわからなかった現場からは以上です。

この渾身の「またハゲがわけのわからないことを……」パラグラフが、全くなんの役にもたっていなかったことの方を嘆きたいわけです。修行足りんかった!
最近、プルースト使いすぎたか、しかもトト夏カレーってあんた、紅茶にもマドレーヌにもひっかからんやんけとか、「俺」が思い出す可能性を孕むのに、「母が孕む」と運んだのが無理筋過ぎたか、でも、そこは45歳からのエディプス・コンプレックス割引とかあって然るべきなんじゃないのかと、悶絶したものであります。
結果的に、母からの「消して」というありがちな反応どころか、Facebookで友達関係にもなっていない、子どもたちの食育よりも詳細未定の大学生のイベント(母からの伝聞)を優先した、氷見市の施設の方から謝罪メッセージまでいただいてしまうという、意図しないどころか、そこ俺になのかということも少し含めて、本来あってはならない事態に至っており、なんというかまぁ、人間なにごとも精進を怠ってはならない。私もまだまだです。
生きていかなければ、生きていかなければねぇと、プルーストがダメならチェーホフを思い出す、そんな一日でした。

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