2015年7月16日木曜日

日常はいいなぁ。田舎者がやるべきことについて改めて考えていきたい。

富山市内での夜の打ち合わせの予定が変わってしまったものの、呉羽駅前の野口屋へ。
血パンダ公演の時の差し入れにあった焼き菓子などの山分け。ありがたし。仕事中のおやつにします。などと言いつつ、どちらかといえば野口屋のどら焼きの購入が目当て。野口屋のどら焼きは、とてもしっかりしていて、コンビニに売っている様なふわふわのものでは満足できなくなる。
ふわふわが求められているという話しもあるかもしれないが、実はそれ自体、ただのコストダウンのための業界あげての仕掛けなのではというお噂。自分が求めている自分の欲望だと思っていること自体、ただ踊らされているだけなのかもしれない。
その後、吸い込まれる様に小杉のめん八へ。チャーシュー麺とライス。これでチャーシュー飯の呪いは、多分解けた。欲望ってなんだ。

専門学校の同級生から情報。これまた専門学校の同級生がカレー店を出した模様。行かねば。

英語学習開始

老人でも若者でもない無産階級のオッサンとして、国外逃亡の準備を始めるというのが、今最もロマンチックな選択だと見た。

5年後にオリンピックを控えて、このままなら国民一丸とならなければダメという雰囲気が蔓延するだろうか。少なくともテレビは煽る筈。
競技場の件はグダグダだが、これに視線をまとめて、まとまったものをそのまま、アスリート様の超人的な努力を讃え、応援しなければ日本国民ではないという方向に持っていくだけのことだ。
一度まとまる方向で定着すれば、あとは使い様。スポーツネタだし、子どもたちの洗脳も自然に可能だし、そのまま民主主義のままでも言いたいことを言えなくするのは比較的楽な作業だ。
問題は、煮殺される段取りになっているのは学校教育のレベルで訓化された若者なんで、長いものが好きな皆さんや、反対反対軍靴の音が聞こえるとだけ小声で念仏唱えている皆さんは比較的安全なこと。なかなか難しい。

流れを振り返るとナルホドとはなるものの、節目は勝手にやってくる。日本人は公の場で政治と宗教の話しをしないし、大学では学生の自治は壊滅しているし、子供を子供のまま社会に出す仕組みはとっくに完成していて、とりあえず釜だけはガンガンゆだっていく。
命が軽い物語には美しいものが多いが、命が軽い社会が美しいわけがないのは歴史を見れば明らかだけれど、学校ではそういう教え方しないし、よくよく思い出してみると、左教師ほど美しいものが好きな傾向があった様にも思う。これはまぁ人によって違うか。
戦争というのは常に、国家のことを我が事として考えている明敏な皆さんが、これしかないと選択していく結果そうなるわけで、今後、実際どうなるかはともかく、そろそろ第二次大戦後から次の何かの戦前になっていくのは避けられない状況の様に俺には見える。

さようなら日本。そうはならない様にしたいけれど、申し訳ないが、こちとらただの文句言いだし文句言うこと以外で当事者になる年齢でもない。
そんなわけで、言いたいことも言えない日本になるなら、居られなくなるぐらいの勢いとクオリティを目指すのが全うな取捨選択というものだと信じる。がんばろう。

とりあえず、英語の語彙チェックはした。自分の状況は概ね把握したので、粛々と勉強します。
なんだあいつ、危なくなったら逃げるのかよって話しですが、俺程度が爪弾きにされたり逃げなきゃいけなくなるまで社会が仕上がるなんてこと、普通なら無いと信じている。あくまでこれは、念の為というか、自分のモチベーションのため。

語彙チェックはここでやったよ。みんなもどうだい?
http://testyourvocab.com/