むかしむかしあるところに、ホテルの最上階を住まいにしている男が居ました。
男は、心の悪魔と上手に話しができるおかげで、損得の計算が鋭いほど上手く、磁石が砂鉄を吸い寄せる様に、お金をたくさん吸い寄せることができます。
そんな男が、老人なって杖をつく様になってからのことです。何気なく散歩に出かけた雨上がりの昼下がり、立ち止まってふと空を見上げると虹が出ていました。
特に不満のない一生だが、この虹のせいでいまさら何かを感じることがあるとしたら、何があるだろうかと、男は考えました。
この虹の向こう側を考えたことがあっただろうか。多くの鍵があり、鍵穴があり、どこかに続く扉があったかもしれない。
どれだけの扉の鍵を見つけただろうか。どれだけの扉があっただろうか。
男は、これまで生きてきた中で、鍵や扉と思えるものを空想しました。鍵しかなかったもの、扉しかなかったもの、開いた扉、開かなかった扉。確かに多くは開かずじまいで通り過ぎてきましたが、それでも男は今ここにこうして生きていて、空を見上げています。
虹はどんどん薄くなっていき、男は空想をやめ、散歩も中止にして部屋に帰ることにしました。
男は、今すぐに試すことができる鍵と鍵穴を確かめずにはいられなくなったのです。
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